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荼毘に付しました

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5月28日午後3時に(早く到着したので、正確には2時40分から)荼毘に付しました。
何年か前に市民が利用できる公営の葬儀場が出来て、そこには小動物用の火葬炉も設置されているのでこちらにお願い致しました。

母もリバティにお別れがしたいというので、施設に迎えに行きました。
早く着いたのにもかかわらず、母は早くから支度を整えて待っていました。
「早く来ちゃったんだけど大丈夫??」と言うと
「ところで今日はどこに行くの??」と、のんきな答え。
『お母さん~リバティの火葬に一緒に参加させて~。って言っていたでしょうが。。。」
「私は、もう日にちも経過しているのでお宅に行ってリバティに会えるのかと思ったの。。。」と。
ちょっと母は、全然状況が把握できていない状況に。。。
思わず頭を抱え込んでしまった私。。。涙

ペットの立ち合い火葬ってどんなものなのかなあ??と心配していきましたが、きちんと丁重に対応してくださいました。到着すると待合室に通されて、持って行った花束をハサミで切り、リバティの顔の周りを中心に3人で飾り付けました。

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母も、寝ているようなリバティの顔を見て「なんて穏やかな可愛い顔で寝ているの!!」と安心したようでした。
棺に入れていいものは、紙のお皿にいれたフードお花だけにしてください。と説明を受けていたのでフードは我が家で準備を済ませていきました。火葬炉の前でリバティとお別れして、私たちは、可愛い骨壺と骨壺カバーを選びながら待合室で1時間近く待ちました。

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リバティの骨はとても小さくて、ビックリしてしまいました。
お骨の説明があり、足の骨から順番に収骨していきました。
「こんな小さな頭で、賢く色々と考えていたね。。。小さな体で病気を抱え、よくここまで頑張ったね!!」と只々感心するばかりでした。
我が家に帰ってきて、私はリバティに誓いました。
「リバティのママとして、あなたの生き方に恥じないようにママもこれから頑張っていきていくから!!」と。
主人も同じことをおもったそうです。。。
人間は自分たちが一番優秀であると信じていますが、小さな動物から教えてもらうことも多いです!!とにかく生きざまは潔いです‼️
まだまだ、リバティの居ない空間には慣れなくて&寂くて涙することは多いですが、きちんと見送ることが出来て良かった!!と思っています。
私が退院するまで、待っていてくれたように感じています。。。
それにしても、先代わんこのリーベの命日が12月25日で、リバティの命日が5月25日なんて。
あまりにも私たちがリバティのことを可愛がっていたから、やきもちを焼いて25日に妹リバティを連れて行ったのかなあ・・・と。
骨壺&骨壺カバーの代金の領収書を持ってきてくださった女性が「我が家にもパピヨンがいるんですよ~♪」
と言うので「何歳ですか??」とお聞きすると、12歳とのことで
まるで女王様のような犬なんです・・・っておっしゃっていたので、我が家もお姫様のような犬でしたよ~と。
パピヨンの女の子って、みんなそんな感じなんですね~♪」と話が盛り上がりました。
飼い主としての役目が終わり、神様の元へリバティをお返しすることができたようで、少しほっとしています。
また会える日まで、虹の橋で待っていてね♪ママのこと、忘れないでね~!!


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施設は、人間用の施設の裏側にあり、こんな静かなところです。実は、私が入院していた病院に近い場所なんです。
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by mihi_liebe | 2019-05-29 21:42 | わんこ | Comments(0)

動物病院からお花が届きました

とてもありがたいことににリバティを診てくださっていた病院から院長先生&スタッフ一同としてとても素敵なお花が届きました‼️
感謝の気持ちで一杯で、すぐにお電話をしましたが、涙ばかりが出て言葉になりませんでした‼️
こんなに優しい先生に診てもらえたリバティは幸せなわんこでした。

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by mihi_liebe | 2019-05-26 17:40 | わんこ | Comments(0)

残念なことに

残念なことに、今朝リバティが虹の橋へ旅立ってしまいました‼️
15歳と7ヶ月の生涯でした。
死亡原因となった病名は最終的には
肺水腫でした。
心臓のレントゲンも見せてもらいましたが、心臓もかなり肥大していました。
主治医も今日は家に帰ってもらって少し家族と暮らせる時間があるとみていたそうです。
家族がいないところで死なせてしまったことは本当に悔いが残ります。
主人が見守り私の腕の中で逝ってほしかったのですが!
眠るように静かに息を引き取ったそうで。
とても穏やかでいいお顔をしていて今にも起き出しそうです‼️
発作からも解放されて楽になったことと思います‼️

幸せな時間をリバティからは沢山もらいました‼️
感謝の気持ちで見送りたいと思います。
覚悟はしていましたが、ただただ辛くて辛くて涙と鼻水が止まりません。
我が家のひとつの時代が終わったように感じています!

by mihi_liebe | 2019-05-25 14:42 | わんこ | Comments(0)

リバティ~入院するの巻

リバティが23日に入院してしまいました。
22日の夕方5時に発作があり、又夜10時に発作。
そして23日の早朝5時に、リバティのわんわんわん~という鳴き声で目を覚ました主人と私。
(なんか怪しい状況だったので、22日の夜は3人で部屋を隔てながらも1階で寝ていました。)
5時にはジアゼパムの座薬を初めて半本入れてみました。
しかし、うとうとしていると又6時に声を張り上げる同じ発作。
この時には、ジアゼパム一本分を追加投与。
それでも、止まらなくてまた7時に同様の発作。
どれも尿失禁のある発作でした。

10時の開院早々診てもらえるように動物病院へ。
この時には、リバティの足は立たなくて朦朧としている状態だったので、初めて紙おむつをしてみました。
元気な時なら噛まれるであろうはずでしたが、この時はおとなしく紙おむつをさせてくれました。
主治医に状況をお話しすると、まずは興奮している脳の状態を沈ませなくてはならないので
フェノバールを入れてみて、それでも発作の状態が改善されない場合は、麻酔剤でのプロポファールでの鎮静が必要になりますが老犬なので、目が覚めないということもあります・・・と説明を受けました。
プロポファールは、私が人工呼吸器で管理されている時にものすごい熟睡感をもたらしてくれた薬剤ですし
マイケルジャクソンの過剰投与で有名になった薬でもありますね。。。

どうしますか??と言われたので、今この仔の辛い状況をなんとか改善してください。ここまで生きましたからある程度の覚悟はできていますから。」と治療をお願いして帰ってきました。
夕方の診療が始まる4時前に動物病院に電話を入れてみました。
「リバティはその後どのような状況ですか??」とお聞きすると
「フェノバールの注射が効いて発作も落ち着いてよく眠っています。」
「ありがとうございます!!良かったです!!
今後、プロポファールでの治療の予定はありますか??」とお聞きすると
「フェノバールで落ち着いているので、このまま様子を見させてください。
明日来ていただいて、今後の治療についてご相談させて頂きたいと思います。」と、言われました。

私は24日の午前中はリハビリがあるのでリハビリをキャンセルして迎えにいこうと思いましたが
主人が一人で迎えに行ってくれました。
主人が会いに行っても、反応がなくて・・・
リバティの状況はあまり変わらないように思えるし、主治医からも肝臓と腎臓の血液検査をする為にもう1日様子をみさせてほしい・・・とのことでしたので、もう一泊入院することになりました。
残念ながら、おうちに帰られても飼い主さんを認識できるのかどうか・・・
おそらく認知症のような症状がでて来るでしょう。。。」と言われて帰ってきた主人。

おそらく帰ってきても、大変な介護の毎日が待っているのでは・・・と思いますが・・・
リバティのいない部屋は、灯が消えたようで・・・本当に寂しいです!!
すでに喪失感に浸っている私ですが・・・。
喪失感に浸っている時間はありませんね。。。
何とか自然な形で見送ることができればいいのですが。。。




by mihi_liebe | 2019-05-24 21:12 | わんこ | Comments(0)

CCUから一般病棟への巻

12月24日にCCUにもクリスマスソングが流れ、サンタクロースの恰好をしたスタッフが箱入りのディズニーのタオルハンカチを配ってくれました。いつもなら感激したであろう私ですが・・・この時はすでにうつ病に罹患して何にも感じなかった私。。。汗

このころ、コルヒチンと抗生剤の影響で起きていた下痢も止まり、一息・・・と思っていたのも束の間、経鼻経管栄養で入れていた濃厚流動食。ネ○レのアイソカルサポートBAG400Kcalが私の胃腸に合わずにまたまた下痢事件勃発!!この時には「全く油断も隙もあったもんじゃない!!」と怒っていた看護師さんが下痢を改善することができないのか、栄養課に電話をして一生懸命聞いてくださっていたのが聞こえてきました。
「BAGを湯煎して温めるとか・・・電子レンジで温めるとか・・・なんかいい方法がないかしら??
栄養の為に入れているのに下痢をしているのじゃ意味ないし・・・何より患者さんが可哀想で!!」

その答えが、とりあえずBAG一つを入れるのに3時間かけて入れてみるといいのでは・・・ということでした。
確かに、時間をかけて入れるようになってからは下痢も落ち着きましたが・・・何より私に苦痛を与えたのは、3時間かけてするBAGを1日3回。約9時間の間、ベッド上にほぼ起きていなければならないと・・・ということでした。
しかも、経管栄養が終わりすぐリハビリを始めると簡単に逆流し嘔吐をする・・・し。
ある程度、1日の間で上手に時間配分して入れてくれないとアクシデントはおきるし、21時の消灯には間に合わないし・・・と。看護師さんによっては、完璧に時間配分ができる方がいる一方で、何をしてもグズグズの方もいらして。
他者にすべての生活全般を任せなければならないことが、こんなに苦痛なことだとは思いませんでした!!

このころ、若い看護師さんにこんなことを言われました。
「ハトコさんはここにいるのが長いから私たちの1日の動きもすべて把握しているよね。私たちが忙しい時間帯は、何か困ることがあっても絶対に言わないで我慢しているでしょう!!ここは我慢するところじゃないんだよ~。
私たち看護師に甘えていい場所なんだよ~。」と。
私の気持ちを理解してくれている人がいるんだ・・・と思うと涙が出ました。。。
その看護師さんは、私が一般病棟に移ってからもよく足を運んできてくださいました。

主治医の心配をよそに、私は1月5日に一般病棟に移ります。
それでも、一般病棟の一番重症患者さんが入るCCUから出たすぐそばの一人部屋に移ることに。

新年開けて主人が来ると
「いつも買っている洋服の福袋買うことできたの??」と聞くと
「それがね。行くことは行ったんだけど・・・去年ハトコくんが一生懸命福袋を買う姿を思いだしたら、もう涙が出て悲しくて悲しくて・・・何にも見えなくなってしまってすぐ帰ってきた。。。」と。
私も、年末年始をこの場所で過ごしてしまってとても辛い思いをしているのだけど・・・主人にも辛い思いをさせてしまった・・・と思いました。
この話をRyuさんにすると「優しいご主人だね、でもその気持ち僕もわかるよ。
去年、母が大病をして手術をしたんだけど、その時は仕事をしていても悲しくて心配で自分の気持ちをどう持っていったらいいのかわからなかったから。勿論、病気の治療をしている本人が一番辛いのだけど、家族も辛い思いは一緒だからね。」と。
Ryuさんからはその後、実母と同居したいのだけどどう思う~??」と相談を受けたこともありました。
私が認知症の母と同居していたことをお話ししたから、そんな話が出たと思うんだけど。
私の母は認知症だったのでRyuさんのお母様と単純に比較することはできないんだけど・・・
奥様はなんておっしゃっているの??Ryuさんの長男としての気持ちもよく理解できるし。。。
やっぱり1日同じ家で暮らしてお世話をするのは奥さんだから、大変なのは奥さんだし、よくお二人で話あって、お母様にも良い結果がでるように。。。ね」とお話ししたのだけど、あれからどうなったのか気になる私。。。

一般病棟に移ってからも私の苦悩は続きます。。。


by mihi_liebe | 2019-05-22 21:39 | 健康 | Comments(0)

リバティの体調

ここのところ、リバティの体調が悪い。
部分発作だったてんかんの発作も全般強直発作に移行してきている。
首をぐーんと伸ばして声を張りあげる。
その時には必ずといっていいように尿失禁も起こしている。
主人が動物病院に連れて行って5月10日くらいからゾニサミド1.5錠を2.5錠分に増量している。(人間用の薬で4分の1)
そろそろ効果が出てきてもいいように思うのだけど・・・ここ3日連続で全般強直発作が起きて、リバティのタオルやケットを毎日洗濯している。
心臓の僧房弁閉鎖不全症の方も進行していて、1月には酸素室に一晩入院して主人が3週連続で動物病院に連れて行っていた。
この時に「もしかしたら、ママが帰ってくるまでリバティが持たないかもしれない。会えない状況になっても許してほしい。」とパパが語っていて。
リバティに会えるかどうかドキドキもので退院し、感動的な再会を思い描いていたのだけど・・
残念なことに、感動的な再会は実現しなかったのね~。
リバティ、私の事を覚えていなかったみたいなの。。。涙
「今日から我が家に泊まることになったこのおばちゃんは一体誰なんだい~??」って感じ。

そのうち「こうなったら、おやつでもあげて手懐けなくっちゃ~♪」とリバティの大好き♪なささみチップをあげるようにしたら、チップが欲しくなると私の前に立ちうるうるお目目で催促するようになった。
そうこうしているうちに、3人で散歩コースに出かけるようになったら、やっと私の事を思い出したみたいで。
缶詰も、昔通りのリバティのお気に入りのお皿に入れて出してあげると、喜んで完食する姿を見て主人がビックリ苦笑い!!
なんか主人の繊細さのないご飯の出し方が気に入らなかったみたいなのね。。。笑
という訳で、リバティとは元通りの信頼関係を築くに至っていますが。
残念なことに、そろそろお別れが近づいているように感じています。
動物病院に電話して、フェノバルビタールに薬を移行していった方がいいものか・・・何かいい方法がないものかお聞きしてみたいと思います。

by mihi_liebe | 2019-05-22 20:20 | わんこ | Comments(0)

最近の母は

最近の母は施設でも楽しそうです。
スタッフのお手伝いをしているそうで。。。他の人たちは誰もお手伝いなんてできないのに・・・私がお手伝いするとスタッフも助かるんですって。と・・・なかなか施設のスタッフも前頭側頭型認知症患者の扱い方を心得て下さっていて。
嬉しい限りです。
主人が様子を見に行くと「いつもお母さん、ドヤ顔でお手伝いの話をするんだよ~。」と。
私が行かれないので、母がこちらに来ることが多くなってしまったんだけど。。。
母を我が家に連れてくるのには、主人が施設に迎えに行かなくてはならないので、なかなか大変で。。
私も退院後、一度タクシーで母の施設に行ってみましたが。
変わらず元気にしていてくれているので安心していられます。
母の日には、花束を送ったのだけど
「きれいなお花ありがとうございました!!飾って楽しみに見ています。」
と、とても喜んでくれた様子。よかったです!!

自分がこのような状況を体験してわかったのですが。。。
母の日もいつまでお祝いしてあげられるのかわかりませんし・・・することはできるうちにしてあげる・・・
そして感謝の気持ちはいつも伝える!!
そんな風に思えるようになりましたね。
明日と言う日は本当にどうなっているのか、わかりません。。。
死を身近に感じた私の気持ちです。。。

私が入院中は、母の通院も主人が同行し施設にも何回か顔をだしてもらっています。
私が倒れたことを知らせに行ったときに、
母は「あの時のパパはガタガタと震えていて本当に可哀想だった。」と意外に冷静に他者の観察をしている母。
でも、主人が次の日に迎えに行くと・・・母は体調が悪くて寝込んでいて私の入院先に来ることはできなかったんですね。結局、一般病棟に移ってもインフルエンザで病棟閉鎖や入院病棟全体の閉鎖と続き・・・
こちら側の状況が改善しても、次は母の施設でインフルエンザが蔓延で。
結局、一度も入院先に顔を出すことはできなかった母。
その時のことを「私も病院に行ってあなたを励ましたかったのに!!ごめんね!!」と謝ります。

一般病棟に移ってから、1度母から電話があり。
その時は、私も大分声が回復していたので「声が出るようになったのね♪」と喜んでいて。
「でもお母さん~私ね~まだ寝たきり状態で実際に歩けようになるかは、リハビリを続けてみないとわからないのよ。」と言うと・・・
「今は車いすもあるし、障害者の人が外出するのにもいい世の中になったんだから・・・
そんなこと心配しないでとにかく体を大事にしてね。」と。

本当にこういう会話を聞いていると、とても認知症のおばあちゃんには思えないでしょう~??
でも、他者に対する共感性とかが・・・少し欠落しているような感じがしています。
私が障害者手帳を見せると、昔の母だったら「なんであなたが障害者に!!って泣き叫んでいたと思うのに。。。
「この写真可愛い~♪すごく良く撮れてるし、30代にしか見えないね~♪」なんてトンチンカンな返答をする母。
今、そんな問題なんですかい~??って感じなのよね~。
主人もこの発言にはお口あんぐりでしたが。。。
なかなか難しい認知症です。
今日は母の話になってしまいました。
CCUから一般病棟へ・・・の話はまた次にします。
一般病棟の後は、リハビリ病棟への移動もあるので・・・
もうしばらく闘病記は続くことになりますが、みなさま~胃もたれすることなく??どうぞお付き合いくださいませ。

by mihi_liebe | 2019-05-19 22:21 | 生活 | Comments(0)

循環器内科受診

今日は退院後2回目の循環器内科の受診日。
主治医が2ヶ月以上かかり、やっと生命保険会社に提出する書類を書いて下さいました。
その書類を見てビックリ145.png
にゃにゃんと~3ヶ月半の入院期間中に私は5回の手術を受けていました。103.png
1回目は、『経皮的冠動脈ステント手術』これはカテーテルで血栓を除去しただけかと思っていました。
2回目は、『大動脈バルーンパンピング法』
3回目は『下肢の血管拡張術』
4回目は、『動脈塞栓除去術』
5回目は、『植込み型除細動器移植術』151.png151.png

私が認識出来ているのは4回。『右下肢の動脈塞栓除去法』の前日に右下肢の血管拡張術をしていたなんて。
確か、主人が塞栓除去法の前にカテーテルで血栓を除去しようとしたが、全く除去できずに先生たちが頭を抱えていた・・・というのは聞いていたんだけど。
これも手術に入るんだなんて。
12月17日と18日と連続でしていたなんて。。。
私の記憶も相当曖昧で・・・やっぱり、クリスマス前頃に頭がしっかりしてきたのかなあ・・・って感じ。
ほぼ、たらたらと寝ていたのかしら??

でも、主人と話した記憶も主治医と話した記憶も看護師さんと話した記憶もあるんだけど。。。

この診断書を見て「よく~生き残れた!!頑張った私!!」って思っちゃいました。。。
まあ~でも2回目はないでしょうが??ね??

今日は主治医に「あの時に命を助けて下さって本当にありがとうございました!!
今は、お料理をしていても何をしていても楽しくて♪第2の人生を歩んでいるようです。」とお伝えしました。
「治療の難しい患者さんの一人でしたよ。」と言われました。
飲水量が1日1000CCと厳しい飲水制限がかかっていたのですが、血液検査データの結果もよく、むしろ脱水状態になっているということで、利尿剤の種類も減り飲水制限も1,500CCに緩和されました。
食事をするより飲水がないと生きていけない私にとっては、嬉しい限り~♪
やったー~と心の中でガッツポーズをしました。
帰りに主人と、近くのショッピングパークにより、おぼんdeごはんという所でランチをしてきました。
何をしても楽しくて♪何を食べても美味しいです~♪
なんてことのない日常には満足出来なかった私ですが、死の淵に立ち日常の大切さを見に染みて感じることが出来ています。
そろそろ韓国語の勉強も最上級の6級を目指し勉強を開始していきたいところです。
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by mihi_liebe | 2019-05-15 21:11 | 健康 | Comments(0)

ICUシンドロームと言う言葉をご存じでしょうか??その4闘病記④

気管挿管がいよい抜菅されました。
私はお恥ずかしいことに知識がなくて・・・
抜菅すればすぐ会話もできて、水を飲むことも可能だと甘く考えていました。
でも実際は、そんなに甘くはなかったのです。

飲水テストでは、まず舌下に5CCをシリンジでたらしました。5CCの水は難なくクリアしましたが。。。
次は20CCの水。
たったの20CCの水にむせてしまい、飲水テストは終了。
結局、水分に関しては、とろみをつけての飲水許可となりました。
そのとろみをつけた緑茶・ほうじ茶がまずいことまずいこと。
片栗粉のような感じで、みんな口の周りにくっついてしまうんですよ。。。涙

食事に関しては、ゼリーから始まりましたが、その前に口腔内をきれいにするという処置や、痰の吸引があり・・・
そして口の運動を言語聴覚士の方をまねしながらしました。
ゼリーを食べるときも、必ず昼食の時間帯に来て飲みこみ状態を見てくださいました。
最初は一口のゼリーを食べるのも、とても勇気がいりました。
「脳というのは、飲みこんでいた・・・という記憶は記憶しているものなので、その記憶を呼び起こしなさい。」と言われました。
理学療法士の方にも、「歩いていたことを脳が記憶しているから。。。」と言われました。
何日かの訓練を経て、小さなブドウのゼリーを完食できるようになりました。
それでも、私の誤嚥への恐怖心は強くて・・・なかなか食べるという行為に関しては進んでいきませんでした。
しかも、朝はブドウゼリー・昼はピーチゼリー・夜はアップルゼリーと1日中来る日も来る日もゼリー地獄が続きました。しかもこのゼリーは、やたら甘くて、果汁も8パーセント入り位のもの。
お願いだから甘みを抑えて、果肉をいれてくれ~!!と思いました。
ゼリー地獄に耐えかねて、1週間後に「ヨーグルトはダメでしょうか??」と言語聴覚士の方にお聞きしました。
「ヨーグルトの方が粘度が低くて、口の周りに広がるので今のハトコさんには無理かもしれませんね~。」と言われました。 
が、先生は翌日のお昼にヨーグルトを持参して下さいました。
先生のおっしゃる通り、ヨーグルトは口中に広がってしまって、ますます飲みこみを悪くしました。

そのうち、私は誤嚥性の肺炎で38℃の熱を出すようになります。
主治医に『今の時期ではインフルエンザでは??』とお聞きしましたが、
『誤嚥性の肺炎です。』と言われました。
このころ、ちょうどとんでもない高齢者の女性がCCUに入院してきました。
声はアヒルのようなガッガとした声で、一晩中「体勢が悪いから変えてくれ~。」と何度看護師さんを呼ぶのかわかりません。
とにかく、昼間はがーがー寝ていてたたき起こしても起きずに、夕方から活動が活発になりました。
「おなかがすいて死にそうだ~ここは、おやつも出ないんだね~。○○の里はおやつが出たのにね~。」とか
「今日は、夕飯は出ないのかい??出ないんだったらお茶でおなか一杯にしてやる~。」とか言って騒ぎ出す始末。
看護師さんが「お食事の指示は主治医の先生が出すものだから、私たち看護師には決められないの。明日になったら先生に聞いてみようね~。飲水制限があるからお茶もそんなにたくさんは飲めないんだよ~。」と毎晩その繰り返し。
特に体勢変換がひどくて、「右に変えて左に変えて。」と1時間もしないうちに看護師さんを呼び出す始末。
私の息子だったらどんなに良かったかなあ~と思っていた看護師さんがいたんだけど、さすがにこの穏やかな看護師さんも『○○さん~もう勘弁してくださいよ。これ以上ご希望には添えません!!』と言い残してCCUを退室していかれました。

私は、この高齢女性の毎晩のこの繰り返しと、ゼリーも食べられずに声もだせない&体も動かせない!!
と何重にも重なった苦痛についに精神も崩壊してしまいました。
来る日も来る日も、私は「あの窓から飛び降りたらこの苦痛から解放されるだろう~!!どうやったら窓まで行き着くことができるのか。」そんなことだけを考えるようになっていました。
これがまさにICUシンドローム。ICU精神病(うつ病)でした。
それでも、まだ私は、看護師さんにそのことを伝えられないでいました。
このころ、1日おきに来てくれていた主人に
「パパ~私思うんだけど・・・3週間以上もここに居ていまだに動けない。食べられない。。。
おそらく前のように、元気に家事をすることは不可能だと思うの。
きっとなにかしらの障害が残ると思う。」と言うと。
「僕もここに2週間居るあたりから、そんなことを思っていたよ。
でも、家事ができなくたっていいよ~。元通りに動けなくたっていいよ。
とにかく家に帰ってきて、リビングに座っていてほしい。それだけで十分だから。。。」と言われました。

そうこうしているうちに、私の右下肢の膝から下に血流がいかなくなる・・・という動脈塞栓症という合併症が起きます。
今考えても、血管型ベーチェット病に起因したものなのか・・・はたまた心臓の血栓除去により生じたものなのか、大動脈バルーンパンピング装置によるものなのか・・・よく理解できていません。
主人はこの時にも主治医に呼び出されて、「すぐに手術したいのですが、体も衰弱しているし栄養状態もとても悪いので手術に耐えられるかどうかわからないので、少し様子を診させてください。」とおっしゃったそうです。
が12月18日の晩、突然私は手術室に運ばれます。
右下肢鼠蹊部からカテーテルをいれて、血栓を書きだすように上へ下へとかき出す手術が始まりました。
この時も、局所麻酔でしたが・・・ホルター心電図をいれる手術の時にやっと気づくのですが・・・私は麻酔が効きにくい体質のよう。
手術室の看護師さんがずーっと手を握って下さっていたのですが・・・とにかく痛くて痛くて、手術中ずーっと痛い~痛いと叫んでいました。私が「痛い~!!」を連呼するたびに、局所麻酔が追加されていったようです。
CCUに帰り輸血を2本したのを覚えていたので「相当の出血量だったんだなあ~。」というのは予測がつきました。
手術後も、痛みは消えることなく約1週間位鎮痛剤のお世話に。
痛い~痛い~というたびに、鎮痛剤も追加投与されて、私はついに胃潰瘍に。
主治医によく聞くとなんと私の大嫌いなロキソニンを投与していた~って言うじゃない。プンプン
もうここにいるとロク なことが起きない!!
クリスマスが終わるころ、私は夜勤の看護師さんに「私が神経質だからこんなことを考えるのかもしれないのだけど・・・ここにいると発狂しそう!!1日もはやくここから出してほしいの。」と伝えました。
声は少しずつ出るようになっていたものの、ガラガラ声の小さな声でしたが、看護師さんはこの言葉をきちんと読み取って下さいました。
「ハトコさんが神経質だからじゃないんですよ。ICUシンドロームって言ってね。。。ここに居るとすたすた歩いて入院してきた高齢者の方も、3日居ると一歩も歩けなくなくなって夜間せん妄もでるようになってしまうのよ。私もここにこれ以上ずーっといるのは良くないと思うから・・・主治医の先生に相談して、何とか一日でも早くだしてもらうようにしよう~。」と。
このころ、丁度、理学療法士の方にも「ここにずーっと居ることは良くないと思う。一日もはやく一般病棟に移ることを考えよう~!!」と言われていました。
ryuさんという方でしたが、この方は私が熟睡??状態にあるときから私のリハビリをしていた方です。
この時点では、何とか抱きかかえるようにして車いすに座らせてもらっていましたが・・・何から何までお世話になった方です。
私は、熟睡状態にあるときからリハビリを受けていたなんてしらなくて・・・
あるとき、ryuさんが最初の頃は寒い~寒い~。って言っていたのに、今はなんでそんなに暑いの~??」と聞かれるので
「先生なんで私の熟睡状態の時のこと覚えていらっしゃるの??」とお聞きすると
「今は寝ている時からでも、リハビリは始まっているのよ。」と言われて愕然としました。
こんなやりとりは心電図の検査技師の方との間でもありました。
「ハトコさん~会うたびに元気になっていて。私も嬉しいわ~♪」とあるとき言われました。
「私をご存じですか??」とお聞きすると
「CCUで意識のないときに、何回も心電図をとりに病室に伺っていますよ。」と言われました。

自分には記憶はなくても相手は私を知っていることもあるのです。不用意な発言は避けなくては・・・と思いました(笑)

またこのころ、いつまで経っても栄養状態が悪くゼリーの飲みこみが悪い私に、言語聴覚士の先生が何かなやんでいらっしゃる様子が伝わってきました。
CCUに居る時には、精神的にも変になっていてお聞きする勇気がなかったのですが・・・
2,019年1月5日に一般病棟の個室に移ってから、勇気を出してお聞きしてみました。
「先生~一時随分私の事で思い悩んでいらっしゃった時がありましたよね~。あの時は何を考えていらっしゃったんですか??」
「よくわかりましたね~。実は、栄養状態が非常に悪かったので、胃ろうにした方がいいのか・・・その判断をとても悩んでいました。胃ろうという選択。そして若いハトコさんに胃ろうの話をいつ切り出したらいいのか??
随分悩んでいた時がありました。」とおっしゃいました。
「そうだったんですね。。。」
先生が何をそんなに悩んでいたのかわかることができて良かったなあ~と思いました。

今日はここまでにします。


by mihi_liebe | 2019-05-11 22:47 | 健康 | Comments(0)

身体障害者手帳で電車に乗る

5月9日 約半年ぶりに電車に乗りました。
障害者手帳を使えば電車は半額になるというので、一応予備知識としてインターネットで調べてみました。

子供用の切符を購入して、手帳といっしょに駅員さんに見せればいい~と書いてありましたので、その通りにしました。
駅員さんに見せると、何やらハンコを押してくれて、自動改札機機能を一時解除して通してくれました。
同伴した主人の分も、半額になります。
たった一駅の移動でしたが、やはり駅は階段が多くて、常にエスカレーター&エレベーターを探して移動しなくてはならなくてその点が不自由でした。
昼間の時間帯なので、電車の中では無事に椅子に座ることができましたが。
ホルター心電図を植え込んであるので、満員電車には乗れないとのことです。
また家の中では、電子レンジやIH炊飯ジャーを利用することはできないので、電子レンジはスイッチを押してから急いで遠くに離れる・・・炊飯ジャーは保温機能を解除してから器にご飯を盛る等々。
注意しなければならない点が沢山あります。。。


by mihi_liebe | 2019-05-11 20:49 | 健康 | Comments(0)