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循環器内科受診

今日は退院後2回目の循環器内科の受診日。
主治医が2ヶ月以上かかり、やっと生命保険会社に提出する書類を書いて下さいました。
その書類を見てビックリ145.png
にゃにゃんと~3ヶ月半の入院期間中に私は5回の手術を受けていました。103.png
1回目は、『経皮的冠動脈ステント手術』これはカテーテルで血栓を除去しただけかと思っていました。
2回目は、『大動脈バルーンパンピング法』
3回目は『下肢の血管拡張術』
4回目は、『動脈塞栓除去術』
5回目は、『植込み型除細動器移植術』151.png151.png

私が認識出来ているのは4回。『右下肢の動脈塞栓除去法』の前日に右下肢の血管拡張術をしていたなんて。
確か、主人が塞栓除去法の前にカテーテルで血栓を除去しようとしたが、全く除去できずに先生たちが頭を抱えていた・・・というのは聞いていたんだけど。
これも手術に入るんだなんて。
12月17日と18日と連続でしていたなんて。。。
私の記憶も相当曖昧で・・・やっぱり、クリスマス前頃に頭がしっかりしてきたのかなあ・・・って感じ。
ほぼ、たらたらと寝ていたのかしら??

でも、主人と話した記憶も主治医と話した記憶も看護師さんと話した記憶もあるんだけど。。。

この診断書を見て「よく~生き残れた!!頑張った私!!」って思っちゃいました。。。
まあ~でも2回目はないでしょうが??ね??

今日は主治医に「あの時に命を助けて下さって本当にありがとうございました!!
今は、お料理をしていても何をしていても楽しくて♪第2の人生を歩んでいるようです。」とお伝えしました。
「治療の難しい患者さんの一人でしたよ。」と言われました。
飲水量が1日1000CCと厳しい飲水制限がかかっていたのですが、血液検査データの結果もよく、むしろ脱水状態になっているということで、利尿剤の種類も減り飲水制限も1,500CCに緩和されました。
食事をするより飲水がないと生きていけない私にとっては、嬉しい限り~♪
やったー~と心の中でガッツポーズをしました。
帰りに主人と、近くのショッピングパークにより、おぼんdeごはんという所でランチをしてきました。
何をしても楽しくて♪何を食べても美味しいです~♪
なんてことのない日常には満足出来なかった私ですが、死の淵に立ち日常の大切さを見に染みて感じることが出来ています。
そろそろ韓国語の勉強も最上級の6級を目指し勉強を開始していきたいところです。
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by mihi_liebe | 2019-05-15 21:11 | 健康 | Comments(0)

気管挿管がいよい抜菅されました。
私はお恥ずかしいことに知識がなくて・・・
抜菅すればすぐ会話もできて、水を飲むことも可能だと甘く考えていました。
でも実際は、そんなに甘くはなかったのです。

飲水テストでは、まず舌下に5CCをシリンジでたらしました。5CCの水は難なくクリアしましたが。。。
次は20CCの水。
たったの20CCの水にむせてしまい、飲水テストは終了。
結局、水分に関しては、とろみをつけての飲水許可となりました。
そのとろみをつけた緑茶・ほうじ茶がまずいことまずいこと。
片栗粉のような感じで、みんな口の周りにくっついてしまうんですよ。。。涙

食事に関しては、ゼリーから始まりましたが、その前に口腔内をきれいにするという処置や、痰の吸引があり・・・
そして口の運動を言語聴覚士の方をまねしながらしました。
ゼリーを食べるときも、必ず昼食の時間帯に来て飲みこみ状態を見てくださいました。
最初は一口のゼリーを食べるのも、とても勇気がいりました。
「脳というのは、飲みこんでいた・・・という記憶は記憶しているものなので、その記憶を呼び起こしなさい。」と言われました。
理学療法士の方にも、「歩いていたことを脳が記憶しているから。。。」と言われました。
何日かの訓練を経て、小さなブドウのゼリーを完食できるようになりました。
それでも、私の誤嚥への恐怖心は強くて・・・なかなか食べるという行為に関しては進んでいきませんでした。
しかも、朝はブドウゼリー・昼はピーチゼリー・夜はアップルゼリーと1日中来る日も来る日もゼリー地獄が続きました。しかもこのゼリーは、やたら甘くて、果汁も8パーセント入り位のもの。
お願いだから甘みを抑えて、果肉をいれてくれ~!!と思いました。
ゼリー地獄に耐えかねて、1週間後に「ヨーグルトはダメでしょうか??」と言語聴覚士の方にお聞きしました。
「ヨーグルトの方が粘度が低くて、口の周りに広がるので今のハトコさんには無理かもしれませんね~。」と言われました。 
が、先生は翌日のお昼にヨーグルトを持参して下さいました。
先生のおっしゃる通り、ヨーグルトは口中に広がってしまって、ますます飲みこみを悪くしました。

そのうち、私は誤嚥性の肺炎で38℃の熱を出すようになります。
主治医に『今の時期ではインフルエンザでは??』とお聞きしましたが、
『誤嚥性の肺炎です。』と言われました。
このころ、ちょうどとんでもない高齢者の女性がCCUに入院してきました。
声はアヒルのようなガッガとした声で、一晩中「体勢が悪いから変えてくれ~。」と何度看護師さんを呼ぶのかわかりません。
とにかく、昼間はがーがー寝ていてたたき起こしても起きずに、夕方から活動が活発になりました。
「おなかがすいて死にそうだ~ここは、おやつも出ないんだね~。○○の里はおやつが出たのにね~。」とか
「今日は、夕飯は出ないのかい??出ないんだったらお茶でおなか一杯にしてやる~。」とか言って騒ぎ出す始末。
看護師さんが「お食事の指示は主治医の先生が出すものだから、私たち看護師には決められないの。明日になったら先生に聞いてみようね~。飲水制限があるからお茶もそんなにたくさんは飲めないんだよ~。」と毎晩その繰り返し。
特に体勢変換がひどくて、「右に変えて左に変えて。」と1時間もしないうちに看護師さんを呼び出す始末。
私の息子だったらどんなに良かったかなあ~と思っていた看護師さんがいたんだけど、さすがにこの穏やかな看護師さんも『○○さん~もう勘弁してくださいよ。これ以上ご希望には添えません!!』と言い残してCCUを退室していかれました。

私は、この高齢女性の毎晩のこの繰り返しと、ゼリーも食べられずに声もだせない&体も動かせない!!
と何重にも重なった苦痛についに精神も崩壊してしまいました。
来る日も来る日も、私は「あの窓から飛び降りたらこの苦痛から解放されるだろう~!!どうやったら窓まで行き着くことができるのか。」そんなことだけを考えるようになっていました。
これがまさにICUシンドローム。ICU精神病(うつ病)でした。
それでも、まだ私は、看護師さんにそのことを伝えられないでいました。
このころ、1日おきに来てくれていた主人に
「パパ~私思うんだけど・・・3週間以上もここに居ていまだに動けない。食べられない。。。
おそらく前のように、元気に家事をすることは不可能だと思うの。
きっとなにかしらの障害が残ると思う。」と言うと。
「僕もここに2週間居るあたりから、そんなことを思っていたよ。
でも、家事ができなくたっていいよ~。元通りに動けなくたっていいよ。
とにかく家に帰ってきて、リビングに座っていてほしい。それだけで十分だから。。。」と言われました。

そうこうしているうちに、私の右下肢の膝から下に血流がいかなくなる・・・という動脈塞栓症という合併症が起きます。
今考えても、血管型ベーチェット病に起因したものなのか・・・はたまた心臓の血栓除去により生じたものなのか、大動脈バルーンパンピング装置によるものなのか・・・よく理解できていません。
主人はこの時にも主治医に呼び出されて、「すぐに手術したいのですが、体も衰弱しているし栄養状態もとても悪いので手術に耐えられるかどうかわからないので、少し様子を診させてください。」とおっしゃったそうです。
が12月18日の晩、突然私は手術室に運ばれます。
右下肢鼠蹊部からカテーテルをいれて、血栓を書きだすように上へ下へとかき出す手術が始まりました。
この時も、局所麻酔でしたが・・・ホルター心電図をいれる手術の時にやっと気づくのですが・・・私は麻酔が効きにくい体質のよう。
手術室の看護師さんがずーっと手を握って下さっていたのですが・・・とにかく痛くて痛くて、手術中ずーっと痛い~痛いと叫んでいました。私が「痛い~!!」を連呼するたびに、局所麻酔が追加されていったようです。
CCUに帰り輸血を2本したのを覚えていたので「相当の出血量だったんだなあ~。」というのは予測がつきました。
手術後も、痛みは消えることなく約1週間位鎮痛剤のお世話に。
痛い~痛い~というたびに、鎮痛剤も追加投与されて、私はついに胃潰瘍に。
主治医によく聞くとなんと私の大嫌いなロキソニンを投与していた~って言うじゃない。プンプン
もうここにいるとロク なことが起きない!!
クリスマスが終わるころ、私は夜勤の看護師さんに「私が神経質だからこんなことを考えるのかもしれないのだけど・・・ここにいると発狂しそう!!1日もはやくここから出してほしいの。」と伝えました。
声は少しずつ出るようになっていたものの、ガラガラ声の小さな声でしたが、看護師さんはこの言葉をきちんと読み取って下さいました。
「ハトコさんが神経質だからじゃないんですよ。ICUシンドロームって言ってね。。。ここに居るとすたすた歩いて入院してきた高齢者の方も、3日居ると一歩も歩けなくなくなって夜間せん妄もでるようになってしまうのよ。私もここにこれ以上ずーっといるのは良くないと思うから・・・主治医の先生に相談して、何とか一日でも早くだしてもらうようにしよう~。」と。
このころ、丁度、理学療法士の方にも「ここにずーっと居ることは良くないと思う。一日もはやく一般病棟に移ることを考えよう~!!」と言われていました。
ryuさんという方でしたが、この方は私が熟睡??状態にあるときから私のリハビリをしていた方です。
この時点では、何とか抱きかかえるようにして車いすに座らせてもらっていましたが・・・何から何までお世話になった方です。
私は、熟睡状態にあるときからリハビリを受けていたなんてしらなくて・・・
あるとき、ryuさんが最初の頃は寒い~寒い~。って言っていたのに、今はなんでそんなに暑いの~??」と聞かれるので
「先生なんで私の熟睡状態の時のこと覚えていらっしゃるの??」とお聞きすると
「今は寝ている時からでも、リハビリは始まっているのよ。」と言われて愕然としました。
こんなやりとりは心電図の検査技師の方との間でもありました。
「ハトコさん~会うたびに元気になっていて。私も嬉しいわ~♪」とあるとき言われました。
「私をご存じですか??」とお聞きすると
「CCUで意識のないときに、何回も心電図をとりに病室に伺っていますよ。」と言われました。

自分には記憶はなくても相手は私を知っていることもあるのです。不用意な発言は避けなくては・・・と思いました(笑)

またこのころ、いつまで経っても栄養状態が悪くゼリーの飲みこみが悪い私に、言語聴覚士の先生が何かなやんでいらっしゃる様子が伝わってきました。
CCUに居る時には、精神的にも変になっていてお聞きする勇気がなかったのですが・・・
2,019年1月5日に一般病棟の個室に移ってから、勇気を出してお聞きしてみました。
「先生~一時随分私の事で思い悩んでいらっしゃった時がありましたよね~。あの時は何を考えていらっしゃったんですか??」
「よくわかりましたね~。実は、栄養状態が非常に悪かったので、胃ろうにした方がいいのか・・・その判断をとても悩んでいました。胃ろうという選択。そして若いハトコさんに胃ろうの話をいつ切り出したらいいのか??
随分悩んでいた時がありました。」とおっしゃいました。
「そうだったんですね。。。」
先生が何をそんなに悩んでいたのかわかることができて良かったなあ~と思いました。

今日はここまでにします。


by mihi_liebe | 2019-05-11 22:47 | 健康 | Comments(0)

5月9日 約半年ぶりに電車に乗りました。
障碍者手帳を使えば電車は半額になるというので、一応予備知識としてインターネットで調べてみました。

子供用の切符を購入して、手帳といっしょに駅員さんに見せればいい~と書いてありましたので、その通りにしました。
駅員さんに見せると、何やらハンコを押してくれて、自動改札機機能を一時解除して通してくれました。
同伴した主人の分も、半額になります。
たった一駅の移動でしたが、やはり駅は階段が多くて、常にエスカレーター&エレベーターを探して移動しなくてはならなくてその点が不自由でした。
昼間の時間帯なので、電車の中では無事に椅子に座ることができましたが。
ホルター心電図を植え込んであるので、満員電車には乗れないとのことです。
また家の中では、電子レンジやIH炊飯ジャーを利用することはできないので、電子レンジはスイッチを押してから急いで遠くに離れる・・・炊飯ジャーは保温機能を解除してから器にご飯を盛る等々。
注意しなければならない点が沢山あります。。。


by mihi_liebe | 2019-05-11 20:49 | 健康 | Comments(0)

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毎週月曜日の朝に、この器械のハート❤部分が白く変わります。
この器械の前に立ちハート❤部分を押すと私の体に植え込まれている情報を読み込んで病院側に送信する仕組みになっています。
体重計、血圧計で測定した情報もこの器械にデータが蓄積され一緒に送信されるようです。
この画像は私の情報を読み込んでいるところです。

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こちらは医師側に情報を送信しているところ。
実際はもっと鮮明に人型の形をしていますが、うまく写りませんでした。
いつも日中に私がいる場所&寝室でも3メートル以内に置くように指示されています。
この他にペースメーカー外来を半年に一度受診しなければなりません😅

by mihi_liebe | 2019-05-06 14:13 | 健康 | Comments(0)

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という地元では有名な欧風カレーのお店にお邪魔してみました。
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私は海老カレーを主人はポークカレーを注文しました。
本格的なスパイシーカレーで美味しく頂きました🙋
退院して来てからというもの、ものすごい食いしん坊になってしまって。
明日の夕食は何を作って食べようか?と毎夜ネットをさ迷っています👩さ迷い過ぎて睡眠薬を服用しても頭が冴えて結局寝られるのは1時か2時。
退院前には、介護保険を利用してヘルパーさんに食事の支度もお願いしようと考えていましたが、今は食事の支度の為に一時間近く立っていることもできるようになりましたから❗
入院中は食事が出来ない期間が長かったし、普通食を食べるようになってからもお仕着せの食事なのでストレスがたまっていたのでしょう❗
それでもまだ35㎏しか体重がないので、どうしてこんなに体重が増えないのか不思議で仕方ありませんが。
主治医がおっしゃるのには、心臓の為には月に0,5㎏増えていく位が丁度いいとのことでした😅


by mihi_liebe | 2019-05-04 15:05 | Comments(0)

とりあえず、生命の危機を脱し覚醒したものの、そこからが生き地獄の始まりでした。
まず困ったことは、看護師さん達との意思疎通が上手にとれない・・・ということ。
看護師さんが、小さなホワイトボードとサインペンを持ってきてくれましたが、そのサインペンすら握ることができない始末。看護師さんが私の右手に手を添えて一生懸命に書かせようと努力してくださいましたが、なかなかうまくいきません。ある時は文字盤を持ってきてくださいましたが、文字盤を指で指していくのも大変な作業でした。


私の心配は、まずステロイドを維持量に加え、大量投与してくださったのか??ということ。
なんとか、へろへろの字で『ステロイド』と書きましたら、察しの良い看護師さんは「ステロイドは点滴からも入れてるから大丈夫だよ~。」とおっしゃって下さいました。
「あ~良かった♪」と私は目で合図を送りました。
それからも毎日毎日筆談での意思疎通が続きましたが、困ったことにすべての看護師さんが察しが良いわけではありません!!水も一滴も飲めず、ベッド上からも起きあがれず・・・徐々に私の精神は病み、崩壊していきそうになりました。
何より、困ったことは排便。
ベッド上で、差し込み便器でするか、紙おむつの中にするしかないと言われ。
その状態は、1月5日に一般病棟に移されてからもしばらくの間続きました。
がこの時に、どんなにトイレの水を流す音がうらやましく感じられたのか。。。
そして何より、私の精神を崩壊に追い込みそうな状況にしたのは、毎晩運ばれてくる急患患者さん達でした。
私も、3日の間寝込んでいる間に、心肺維持装置の耳につくようなうるさい音。
そして夜間の手術室への移動の音で、ほかの患者さん達にご迷惑をおかけしたことは間違いありません。
でもでも、毎日自分が寝よう~としている時間に急患が運ばれて来たらどうでしょうか??

苦しくてうなる声。
看護師さん達が、処置に向けてバタバタと部屋中を歩き回り処置をする音。
でも、20代の看護師さんたちのチームワークというか・・・
自分の役割分担をよく心得ていて、すごい短時間で処置をしていく姿には感嘆させられたものでしたが。

あるときは、高齢の女性が運ばれてくるや否や、隣のベッドに簡易型のエクモという人工透析の機械が運ばれてきて6時間の長時間すごい音でまわり続けていたこともありました。
まさにそこには、一刻の猶予もない戦場のような非日常がありました。

そのうち、私に・・・下痢が止まらないという症状が出始めました。
これはコルヒチンと抗生剤の副作用に間違いない・・・と、何とかホワイトボードに
『コルヒチン
 抗生剤で下痢。中止。』と書き殴りました。
家では、コルヒチンは下痢をしない程度に1日量を工夫して服用していた私。
何より、下痢の形状も以前に抗生剤の点滴をいれていた時とそっくりの感じ。 
まさに直通でそのまま下痢になっている状態。
コルヒチンの説明は難しかったのですが、その時もとても察しの良い看護師さんで
「コルヒチンは自分で下痢をしない程度に工夫して服用していたってこと??」と聞いてくださいましたから、助かりました。
主治医にその旨の報告がいき、『コルヒチンは中止できるけど、抗生剤の中止ばできないんだよ。
ほかの抗生剤は飲んだことがある??』と主治医が直接聞きに来てくださいました。
『マクロライド OK』と書き主治医に伝えるものの
『マクロライド系は今使えないのよ』みたいなことをおっしゃったような気が。
『とりあえず抗生剤の種類は替えてみましょう~!!』とおっしゃって下さいました。
本当にこの時の下痢はひどくて、紙おむつから漏れてしまう始末で
いつも優しい看護師さんも「こりゃあ~油断も隙もあったもんじゃない!!」と怒り狂って『便汚染』と書いたシーツを出してくるわ~と言ってCCUを出ていきました。
私はひたすら心の中で『ごめんなさい!!』と謝罪していました。

次に私に苦痛を与えたのは、口の渇きと痰の吸引。
気管挿管しているので、水を飲むことはできないし・・・
看護師さんがガーゼに水を含ませて口の中を拭いてくれたり、
水を飲みこまないように上手に歯磨きをしてくださいましたが、これでも口の渇きが緩和されることはありませんでした。
一人の看護師さんが色々と考えを巡らせて、ガーゼの中に小さな氷を包んで私の口に入れてくれましたが。
この名案には感嘆したものです。
次の日も次の日も私は『こおり・こおり』と書き、氷を求め続けました。
気管挿管もそろそろ限界に来ていて、抜くことはできないのか??と手振り&ホワイトボードで伝えました。
今すぐに抜くことは無理だと思うけど、一応主治医には伝えておくからと。
結局、気管挿管の管を抜管できたのは入院してから3週間は過ぎていたのでは。。。
この時も,抜管しても再挿管もありますから・・・と主治医からお話しがありました。
抜管してから、確か6時間後に飲水テストというものがあるのですが、私は翌日になりました。
言語聴覚師の方とのご縁がここから始まります。
この方とは、とても気が合って、先生は私が食事もできて話すこともできるようになってからも
「どうも仕事終わりにハトコさんの顔を見ないと落ち着かない。」と言って部屋に寄って下さり、二人でなんてことのないたわいのない世間話を交わしたものでした。
退院時にも、わざわざ病室に来て下さって
「良かった~良かった♪」と二人で手を取り合って言葉を交わしました。
その時に先生は私を見て泣いていらっしゃいましたから。
先生は「CCUに40日間いて、家に帰れた人というのは今まで見たことがなかったんですよ。
でも、ハトコさんを見て自分の思い込みのようなものが変わりました。
色々なことを教えて下さってありがとう~!!」
この先生とお話ししていると心がほんわかするようなそんな方でした。
外来の時に、一度もお会いできていないので次の5月の外来では是非お会いしたいです!!


今日はここまでにします。。。

by mihi_liebe | 2019-05-03 22:25 | 健康 | Comments(0)

快気祝い

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今日は、母が私の為にお寿司屋さんで快気祝いをしてくれました🙋
私の前に座っているのが主人で、私の隣に母が座り母はマグロずくしというメニューを食べました。
食事の前に、はまぐりのお吸い物を頂きましたが、私が昨日作った鯛のお頭のお吸い物とは大違いで大変結構なお味でした😅
久しぶりに美味しく楽しい時間を過ごすことが出来ました👮

by mihi_liebe | 2019-05-02 15:15 | 生活 | Comments(0)

小休止

私の右足の指先の壊死部分。
すでにゲーベンクリームという軟膏を使い処置し始めてから3ヶ月近く。
薬指は1ヶ月位で.下から新しい皮膚が再生して来てポロッと取れたのですが、人差し指は壊死が深いようでなかなか。でも剥がれた部分を少しずつハサミで切ったので壊死部分は確実に小さくなってきていますが。
実は下肢の動脈塞栓で、最初は膝から下を切断しなくてはならないと言われていて。
塞栓除去手術を受けて、それでも指先切断は免れないと言われていたので、これくらいで済んで御の字。
整形外科の医師が、潰瘍が出来ているわけではないし❗もう少し様子を見よう~と言ってくださったお蔭で指があります。
毎日綺麗に泡いっぱいのボディシャンプーで洗いゲーベンクリームを多めに盛ってガーゼで巻いています。
この壊死部分が取れたら、狂喜乱舞しそうな私です👌

介護保険も申請して要支援2となり4月から
週1回理学療法士の方に来ていただいてリハビリを受けています。
母は要支援1で、娘の私の方が介護度が高いなんて大ショックですね❗
心室細動の心配があるため、植え込み型の除細動器を入れる手術を受けたので、身体障害者1級の手帳も頂きました。色々書いてある小冊子を頂いたのですが、どんな特典があるのかよくわかりません。
すべて自己申告制みたいです。
とりあえずわかったことは、医療費が無料ということだけです。
難病でも月に二万円も医療費負担がありましたので、それだけでもとても有難いです👌
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by mihi_liebe | 2019-05-01 21:53 | 健康 | Comments(0)

主人が私の病状の説明を受けて「説明を受けました」という書類にサインして帰宅したのが夜の9時過ぎ。

(後から、その説明書を見せてもらいましたが。
冠動脈三本のうちの二本の根元である主幹部が閉塞しておりました。
二本分の血管が一本につまった為に著明な心機能の低下をきしております。
カテーテル治療により血流は再開しましたが、それまでの間は壊死が続いていました。
その為、現在心不全状態になり、肺に水がたまり呼吸不全を併発しています。
人工呼吸器に装着し、心不全の管理を行います。
鼠蹊部の血管より循環補助装置を挿入し心臓の補助をしています。
主管部の心筋梗塞は非常に予後が悪いです。
今後、致死性不整脈・重症心不全・弁膜症・心破裂を起こす可能性があります。
心破裂を起こした場合は、病院にいても救命することは不可能です。~と、そんな内容。一部抜粋。)

ストレッチャーに移される前に私は主人に「リバティの薬を忘れないようにね!!お願いします。」と言ったそうです。。。
主人が帰宅してカップラーメンを食べて眠りについたのが12時近く。
しかし、主人は翌朝の3時半に病院からの電話でたたき起こされて急いで私の元へ。
心臓の周りから出血が起きていて、一時心臓も止まってとても危険な状態であると。
急いで、心臓の周りに出血した血液を抜く作業を。
ここらへんは全く記憶がないので、手術室に連れられていき、それなりの処置をされたとのこと。
止まった心臓には、主治医が心臓マッサージで対処してくださり、輸血も行われたとのことでした。
私は、とても苦しい状態にあるので、苦しみを与えないように寝かせてあります・・・との主治医の配慮により熟睡状態で何も気付かない状態で横たわっていたことになります。
この3日間は、とても精神的にも辛い3日間だった~と後から主人から聞かされることに。
一人でどうしていいかわからない状況になり主人の妹さんにも来てもらったと。
その時、確かに私の耳には主人の妹さんの声が届いていました。
「ハトコさん~。」と呼ばれる声を聴いたのですが、その時は夢の中の出来事だと思っていました。
よく昏睡状態にある人でも、最後までは聴覚はしっかりしているので、話しかけて上げるように
・・・という話を聞いたことがあるのですが、まさか自分が実体験をすることになるとは。
4日目の朝。私は初めて熟睡状態から目覚めました。
こんなに気持ちよく眠れたのは人生初めてだ~!!
と覚醒した途端に、私は奈落の底に。
私の体は管だらけのスパゲッティ症候群。右手左手には点滴の管。
右に人工呼吸器。左は心臓の循環補助装置(大動脈バルーンパンピング装置)
口は気管挿管されていて口がおおわれている感覚。
そして、鼻には栄養を入れるためにチューブと酸素マスク。
おまけに導尿カテーテル。
そんな状態で、ただただベッドに横たわっていました。
目が覚めた私の元に主治医が来て「僕のこと覚えている??何とか生命の危険からは脱したので良かったです。」とおっしゃったのですが、私にはこの状況がどうして良かった~と言えるのか・・・と首を捻るしかありませんでした。

今は、この時に救ってくださったことに感謝の気持ちしかありませんが、その時には全く喜べる状況ではなかったのです。


by mihi_liebe | 2019-05-01 20:42 | 健康 | Comments(0)