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パピヨン&韓国語に魅せられて

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ハングル検定2級取得までの道のりを書いていきます

カテゴリ:健康( 72 )

スパルタリハビリの開始

メイバランスの飲めない私の元に、またまた栄養課軍団が押し寄せてきました。
メイバランスが飲めないのでしたら、高カロリー栄養食のアイソカルジェリーというのを出しますから、試してみてください・・・と言われました。
期待はしていなかったのですが・・・想像以上に甘ったるくて食べられたものではありませんでした。
豆腐・きなこ・スイートポテト・小豆味とバラエティーに富んでいるものの・・・どれも私の口には合いませんでした。その後は、アップルジュースが出ましたが、これも甘すぎて×
この時の甘々攻撃に、退院してきた今でも甘いものが一切食べられないような状況に陥っています。
とにかく柑橘系の果物、りんご、バナナ・・・と酢の物ばかり食べ続けています。
特に、柑橘系のオレンジやグレープフルーツ(薬との飲み合わせがあるので注意が必要ですが)には目がなく・・・
紅茶はレモンティーばかりを飲み続けています。いつまで、この状態が続くことやら・・・。
神のみぞ知る…という所でしょうか???

お粥との戦いも2週間で終わり(ゼリー地獄は3週間)1月の終わりにいよいよ一般食が始まりました。
一般食と言っても、最初はおかずが一口大に切ってあるもので・・・一番びっくりしたのは、ラーメンやうどん類も1センチくらいのまさに一口大に切ってあることでした。
ラーメンは、麺と具材が盛りつけてあるお皿に、お椀に入ってきたスープをかけて食べるというものでしたが・・・
スープは冷めていて、麺は一塊で・・・なんせ一口大なのでスプーンで食べなくてはならず、史上最悪の不味いラーメンと私は命名??しました。
その後は、ラーメン等の麺類は切らないでそのまま出して頂くようにお願い致しました。
それでも、私の食欲は一般食になってから出てきました。
残す量も少なくなり、お膳を下す助手さんにも、同じ人とは思えないほど食べられるようになったね~♪と言われました。丁度、このころ足の疼痛治療に服用していたサインバルタの抗鬱剤としての効果も出てきて、それで食欲も増してきたのではないか…と考えています。
さあ…食べられるようになったら、いよいよスパルタリハビリの始まり始まり。。。
ベッド上でしていたリハビリも、いろいろと器具が揃っているリハビリテーション室でのリハビリに変わりました。

私は、車いすに乗せられ1階のリハビリテーション室まで移動しなくてはなりませんが・・・
ryuさん以外の理学療法士の方が担当の時には、車いすをリハビリテーション室まで押して行ってくれましが、ryuさんは、まず部屋からエレベーターまで自分で漕いで行くこと…と厳しいリハビリが始まりました。
私がryuさんと最初に挑んだのは、平行棒でした。
(リハビリテーション室に行くと言っても、鼻腔経管栄養は抜けていないし、尿道カテーテルも取れていない状態なので他者に対しても恥ずかしいし…で大変でした。)
まず、車椅子から立って平行棒につかまるということから始めましたが・・・自力では立つこともできずにryuさんに立たせてもらって一歩一歩踏み出すという感じでした。最初は6歩だったような。
リハビリと言っても心臓病の患者なので要所要所で血圧を測定してのリハビリ。
「疲れていないですか??大丈夫??もう少し続けられそうですか??」と。
血圧が低くなりすぎるとリハビリをしすぎている…ということなので、すぐ中止しなくてはいけないとのこと。
この時は、リハビリをするとかえって丁度良い具合に血圧が上がる…という状態でした。
この時は、歩行器で歩く患者さんや、杖歩行している患者さんを見るととても羨ましくて・・・
いつか私もあそこまで回復できるのかなあ…と羨望の眼差しで見ていました。
ryuさんには「必ず杖歩行では帰れるようになるよ~♪」
違う理学療法士の方には、リハビリテーション科のみんながハトコさんには歩けるようになって帰ってもらおう~と思っているし、ハトコさんはリハビリーテーション科の希望の星なんだよ…と言われました。
でも、まだこの時には「帰ったらどうやって車いすで生活しよう~。」と、そんなことばかりを考えていた私でした。。
右足の感覚のない自分の足が、私の歩行を邪魔する厄介者にしか思えなかったのです。





by mihi_liebe | 2019-07-18 17:18 | 健康 | Comments(0)
お粥地獄とともにやってきたのは、便秘地獄でした。
お粥は水分が多いので、それだけでお腹がパンパンに。
私がベッドに横たわっている時にryuさんがリハビリの時間ですよ~と来て下さったんですが、私のおなかを見てビックリ仰天!!
「ハトコさん~そのおなかどうしたの??」
「便秘がひどくて1週間位出でいないんですよ。。。」と私。
「その状態では辛いから看護師さんに言って今日中に座薬を入れてもらった方がいいよ。」と言われました。
「それがね・・・もう3日位前から便秘をなんとかしてほしい~。」って看護師さんに相談しているんですが
「浣腸と座薬は、血圧が下がるから危険です。と言われてそのままなんです。」
確かに、私のこの時の血圧は最高血圧が86位で、80を切るとリハビリが出来ない・・・ということもありました。
それだけ心臓の具合が悪かったのだと思います。。。
「それでも、もう一度相談してみたほうがいいし、私からも看護師さんに伝えておきますから。」とおっしゃって下さいました。
今まで二人の看護師さんに相談しても全く便秘の解決策は考えてくれなかったのですが、この日の担当の看護師さんに相談すると「座薬をいれてみましょう。」とすぐ動いてくれました。
座薬を入れて20分待つと、何と待ちに待った排○がありました。。。
早くこの看護師さんに相談すれば良かったよ~と思い、シャンプーをしてほしい・・・とか・・・こちらからのお願い事がある時には、全部この看護師さんに頼むことにしました。
なんで人によってこんなに対応が違うのか・・・。
しかし、その後も私の便秘はより一層頑固な便秘になり・・・座薬を入れても出ない・・・という状態になってしまいました。
どうしようもなくて考え出された結果は、摘便。
読んで字のごとく、看護師さんが手袋をしてキシロカインゼリーを塗って直接肛門から便を掘り出すというもの。
結局、摘便は違う看護師さんにより2回経験することになりますが・・・2回目の看護師さんの方が上手でした。
1回目の看護師さんはどこまでも掘り出そうとして痛くて痛くて悶絶状態になったしまったのですが、2回目の看護師さんは
「ハトコさん~詰まっている箇所は開通したので、ここでちょっと力んでみて。」と言われたので
「ここはベッド上ですが大丈夫ですか??」
「大丈夫大丈夫~♪ペットシーツが敷いてあるから遠慮しないで頂戴。」と言われて
遠慮なくすることに。もうここまで厳しい入院生活をしていると恥ずかしいとかそういう感情は失せてくるもの。

看護師さんは「ほら出た出た~これで3日は大丈夫ね~ほら~こんなにすっきり出たよ~見てみて。」と。
ゾウさんのような山のような便が出てビックリ仰天。
「えっ!!!これ全部私のおなかから出たの?!」
「これじゃあ苦しいわけだし、お腹いっぱい詰まっているから食事もできない訳よね。良かったよ♪♪」と言って看護師さんは帰って行かれました。
本当に看護師さんは、私たちの想像を越えるような大変なお仕事で・・・
自分には人様の便の処置なんかできるわけもなく・・・本当に頭が下がりました。。。

この恥ずかしい経験をもとに、私はryuさんに「とにかく1日でも早く自分でトイレに行けるように指導して頂きたい。」とお願いすることに。
この時は、たった2メートル先の個室のトイレに行くこともできずに、必ず助手さんと看護師さん二人についてもらって
ベッドから起きあがらせてもらって車いすに乗せてもらい・・・そして下着を下してもらって便座に座らせてもらい
終わるとナースコールで呼び出してお尻も拭いてもらって便座から立たせてもらい、また車椅子に乗せてもらってベッドに座らせてもらう・・・すべてが他者のお蔭で成り立っている日常でしたから。
ryuさんは、まずベッド上で寝返りを打つ方法・・・ベッドに起きあがる方法を伝授してくださいました。
「これが出来ればまず第一段階がクリアだよ。明日も来るから少しでもできるように練習してね。」と。
このころは寝返りも打てなかったので、数時間ごとに看護師さんに右を向かせてもらったり、左を向かせてもらったり・・・・と
とにかく褥瘡ができないようにあちこちにクッションをはさんでもらっていました。
今日はここまでにします。。。





by mihi_liebe | 2019-07-10 16:08 | 健康 | Comments(0)
1月初めに、いよいよ私のゼリー地獄の終わりが見えて来ました。
11日のお昼に、待ちに待ったお粥の試食会が開催されることに決定。
私よりも、主人の方が喜んでいましたね♪なんといっても、5日の日に一般病棟に移ってから、そんなに日が経っていなかったからね。。。
お粥には、病院では海苔の佃煮しか付かないというので、主治医から『減塩梅干しならok』ということで許可を頂き主人に頼みました。
前日に梅干しを持って来てくれた主人は
「いよいよ明日だね~!!」と私よりもテンションが上がっていました。
「何ヵ月ぶりの食事になるのかなあ?きっと初めて久しぶりに味わうお粥は美味しいと思うよ!大丈夫!きっと食べられるよ!」と。私本人より、なんだか自信に満ち溢れている感じ。。。汗

11日お昼に、いよいよ言語聴覚士の先生が登場して、私のお粥の試食会が始まりました。
小さなお茶碗に盛られたたった75gのお粥でしたが、私には十分の量に感じられました。
主人が予想した通り、1か月半ぶりに口から食べるお粥は、とても美味しくて何事もなくペロッと完食してしまいました。
喉につかえることもなく、むせることもなく。。。
先生が、聴診器や最後に口の中の残っているお粥がないか確認して、見事にテストは終わりました。
「あ~良かった~♪あんなに食べられなかったハトコさんが、お粥を食べられるようになるなんて。。。」と
先生は感無量のお顔をされていました。
「土曜日、日曜日が入ってしまうので、お粥は月曜日からになってしまいますが、お粥のほかにもおかずが5品位ついてきますから、来週から頑張って食べてね♪又、月曜日のお昼に見に来ますからね。。。」と先生は喜んで帰って行かれました。
私のお粥の試食会の話は、また前回と同じように風のようにものすごい勢いで伝わっていきました。
CCUからも、看護師さん達がお祝いにきて下さいました。

理学療法士の方たちからは、「ハトコさん~おめでとう~♪来週からいよいよミキサー食が始まるそうですが、ハトコさん~頑張って完食してくださいね、食事をしないでリハビリばかり頑張っていると、筋肉が溶ける~という現象が起きてしまうんですよ。だから、来週からハトコさんが頑張ることは、まず朝・昼・晩の食事を完食してリハビリを頑張ることですよ。」と言われました。
この時は、これから始まるミキサー食が、どんなに食べにくくてまずいものか知る由もなく私の気持ちは「お粥食べたぞ~♪」という達成感で満たされていました。
しかし、ここは病院です。
現実はそんなに甘くはなかったのです。。。
月曜日から、私はお粥地獄に落ちることに。。。涙
お粥は試食した時の倍量が提供され、おかずはミキサー食なので、魚のにおいはするけど・・・ほうれん草らしいけど・・・何がなんなのかは正体がわからず・・・食事は見た目と食感がいかに食欲を誘発する重要な部分か・・・と知ることになります。
なんとか食べられたのは、フルーツのペースト状のもの。
冷たくて口当たりがよく、必ずフルーツは完食しましたね~。
来る日も来る日も食欲がなく食べ残しの多いお膳状況を伝えられ、怖い主治医がまたまた登場しました。
「ハトコさん~今すごくアルブミン値が低くて栄養状態が悪いの。ちっとも体重は増えてこないし。
もう少し食べる意欲が湧きませんか??」
「自分では一生懸命食べようとしているのですが、なかなか入っていきません。」と言うと
「それじゃあ~なんとかお粥半分を食べて・・・メイバランスという栄養価の高いジュースを出しますから、それを飲んでほしいんだけど。そうじゃないと、いつまでも鼻腔経管栄養は抜けないし。。。ここまで来たんだから、もう少し頑張っていきましょう!!」
「わかりました!!」と答えるものの、次の日から出たメイバランスの甘ったるさに大打撃!!
一本で160キロカロリーあるメイバランスなんですが・・・キャラメル味を無理して飲んだら30分もしないうちに嘔吐。それから、メイバランスには一切手をつけずに、とにかく食事が来たら梅干しでお粥半分量をやっつけて、その後ペースト状のフルーツを食べるという作戦に出た私。
看護師さんからも「ハトコさん~食事は食べないと鼻腔経管栄養がいつまでたっても抜けないし、今は鼻腔から薬をいれているからいいけど、最終的には自分でこの大量の薬を飲めないと退院は出来ないのよ。」と言われました。
そして栄養課からも、「お食事の具合は如何ですか??」と6人くらいでグループを組んでこられて、これも私の気持ちを疲れさせました。「冷たくて口当たりのいいものは召し上がれそうですか??」と、みなさん~何とか工夫をしてくださって努力して下さっている気持ちは伝わってきましたが・・・その時の私にはストレスにしか感じられませんでした。
そして、看護師さん達からも「食べろ~食べろ~。」攻撃が始まり、私は遂に切れてしまいます!!
「そんなに毎日毎回食べろ食べろ~って言わないでください。その言葉が私にはプレッシャーでストレスになります!!」と。
看護師さんは「私は、ハトコさんのことを心配して言っていることなのよ!!」と言って出て行かれましたが。。。
その日から、みんなの「食べろ~食べろ」攻撃は一切なくなりました!!
あとに続く。。。 

by mihi_liebe | 2019-07-06 18:17 | 健康 | Comments(0)
一般病棟に移り精神科の先生の診察を受ける前に、悲しいお別れがありました。
CCUでお世話になった看護師さんが、夜勤の時にご挨拶に来て下さいました。
「ハトコさん~私…今日最後の夜勤なの。夜勤を最後に退職するのでご挨拶に来ました。」と。

「え~こんなに突然どうして??」とお聞きすると
「郷里の祖母が体調が悪く、介護に行くことになったとんです。
こちらの職場は、スタッフともとても仲良くて職場環境が良かったので辞めたくなかったんだけど・・・。」
「そうね~本当にみなさん良い方たちばかりだし、CCUに急患が来た時にも、素晴らしいチームワークで対処していましたね。」と私。
「しかし・・・ナナさん~Kくんと二人の時の夜勤があったじゃない。あの時、急患さんがCCUに入ってくるというのでKくんがアンギオ室まで迎えに行くというので、ナナさんが一人になってしまったでしょう。
あの時、一時間もしないうちに体勢を変換してくれ~という高齢者の方がいたでしょう。
大変な状況の時に、ナナさんは一つも怒らずに優しく対処していたので、私はとても感心しましたよ。
私だったら「うるさいよ~おばあちゃん!!」だまらっしゃい~108.png」と怒り狂っているところよ~。」と。
「はとこさん~みんなご存じだったんですね~!!本当にあの夜はたいへんだったのよ!!夜勤は二人でも大変なのに急患さんがCCUに入るっていうんでKくんが下の階に迎えに行ってしまったからね。。。」

「私ね~ハトコさんが歩いて退院する姿を見送るつもりでいたんですよ。だからそれがとても残念!!
本当に人生って、いつ何かあるのかわからないものね。。。」とナナさん。
「そうね・・・私も心筋梗塞になるなんて思わなかったしね。。。苦笑
思い通りには行かないものね・・・人生ってね。
おばあさまは、プロの看護師さんに看てもらえるのだからとても心丈夫で安心でしょうが、ナナさんにはナナさんの人生があるし・・・なかなか難しいけど、自分の人生も大切にしてしほいなあ・・・って私は思うわ。
折角お会いできて、ここでお別れ・・・というのはとても悲しいけど・・・
ナナさんは本当に心根の優しい人ですから、きっと郷里に帰っても良い出会いがあると思いますよ♪」

「はとこさん~見送れなくて本当に残念ですが、遠い郷里からハトコさんが歩いて退院できるように心から祈っていますね♪」とナナさん。
「私も、遠い埼玉からナナさんの新しい出会いと幸せを願っていますからね♪」と私たちは握手を交わしました。
翌朝も顔を見せに来て下さいました。
「ハトコさん~又来ちゃったの!!ハトコさんは色々なことすごく頑張ってしまうから、体大事にしてくださいね。」
「ナナさん~本当にCCUでお世話をしてくださってありがとうございました!!
ナナさんのこと私は忘れませんから・・・幸せになったね♪」とお互いに少し涙を流しながら別れを惜しみました。
本当に可愛いお嬢さんで・・・私は彼女の幸せをいつも願っています!!

by mihi_liebe | 2019-06-30 16:21 | 健康 | Comments(0)

一般病棟 個室にて

まだまだ私の闘病記は続きます。
個室に移ったものの、テレビを見ることもせず鬱々と過ごすことが多くなり1月10日に病棟を回っている精神科の先生の診察を受けることに。
ryuさんからも「折角個室に入って、テレビ料金も無料なのにテレビ位観ないと・・・いくら若くてもボケちゃうよ!!」と言われる始末。なんだかリハビリに対しての意欲もわかずに悶々と過ごしていた日々。
精神科の先生の診察を受けることと決まったものの、なんと先生は4連休のお休みをとっていて、新年に病院に出ていらっしゃるのは10日とのこと。
この頃の私の精神状態は史上最悪!!
「なんだかわからないんだけど・・・とても辛い~!!」と看護師さんに涙ながらに話す始末。
その看護師さんは本当に優しい人で
「よく辛い気持ちを私に話してくれたね~。ありがとうね~。
「ハトコさん~先生は10日にしか来られないんだけど、この4日間どうする??精神的に持ちそう??」と聞かれました。
「あの~レキソタンを処方して頂くことはできますか??
私・・・23歳くらいの時に仕事が凄く忙しくて、軽症のうつ病になったことがあるのね。
その時に、抗鬱剤と抗不安薬のレキソタンを服用したんだけど、レキソタンは不安感とか緊張にとてもよく効いたの。
1日にレキソタン4分の1錠を、2回くらい処方して頂ければ、大分落ち着いてくると思います。人生において、父の死や、母の介護等々、大変な状況の時にはレキソタンでなんとか乗り切ってきましたから。」とお話ししました。
いつも薬の処方まではすごく時間がかかる入院病棟ですが、この時はすぐ処方されたことと思います。
確かに、精神科の先生の受診までの4日間。私は、レキソタンの服用で大分気持ちが楽になってきました。。。

10日の朝早くに待ちに待った精神科の先生がいらしてくださいました。
看護師さん達からは、宮崎駿に似たとっても優しい先生だよ。」と聞いていたから楽しみにしていたんだけど・・・
現れた先生は、宮崎駿には全然似ていなかったのね~ガーン
いつも思うんだけど、『俳優の○○さんに似ている』とかいう例えは、極々主観的な話であって実際に似ている人にお会いしたことがないのは私だけでしょうか~??
最終学歴から職歴・・・今までの生活状況等々、いろいろと質問がありました。
うつ病のPHQ-9の検査では17点と抑うつ気分。(睡眠障害・集中困難)もあり
抗鬱剤を服用しなくてはならないレベルだと思うのだけど、下肢の疼痛治療の為に主治医が1週間前から処方していたサインバルタが抗鬱剤として効果があるということで、先生はお薬の虎の巻を見せて下さり継続投与となりました。
「レキソタンを4日前から服用しているのですが、古いお薬ですよね??」と伺うと
「私も診療現場でよく使っている薬ですから大丈夫ですよ。しかし、あなたは随分医療について詳しいですが、医学書なども読んでいるの??」と聞かれました。
「血管型ベーチェット病で30年も闘病していますし、自分の病気については良く知り、理解して闘病に臨みたいと思ったので、医学書も読みました。薬に関して今はインターネットがありますから。。。苦笑」と。
もしかしたら、この先生は年配の先生でしたので、私のような患者はお気に召さなかったのかもしれませんが。。。
睡眠障害には、ロゼレム・ブロチゾラムも処方されました。
この時に、精神科の先生から右側頭葉と右後頭葉の間くらいの箇所に一cmくらいの脳梗塞があることを聞かされてピックリ!!
CTでは確認済みであるが、MRIを撮ってほしいというものでした。
あまりに驚き「その病巣は古いものですか??新しいものですか??」と聞くと
その確認の為にもMRIを撮ってほしいということでした。
「頭部のMRIは、いつ撮ったの??」と聞かれたので
「5年前くらいに脳ドックを受けていて、その時には健康な脳だと言われましたが・・・。」
結局MRIを撮影してからの見解は、「新しい病巣なので、心筋梗塞の発作の時に脳に行く血流が1時途絶してできたものである。」とのことでした。幸いにして後遺症が残るような場所ではないのでそんなに心配することはない・・・というものでした。


下肢疼痛と抗鬱剤としていて服用していた、、サインバルタはあとあと依存性が高く離脱が難しいということを知りますが・・・退院後、何とか1日おきに4週間続けて服用して切る~と言うことをしましたが、20mgと投与量が少なかったので、難なく中止することができました。睡眠障害のロゼレムは、退院してきてからは眩暈がするようになり中止しますが、起床後に嘔吐することが2日続いてしまいました。実際、今も睡眠障害には悩まされていてハルシオンのジェネリックとレキソタンを工夫しながら服用して休むようにしています。少しずつでも減量していきたいのですが。。。汗

さてさて時を同じくして、私は抗インフルエンザ薬のタミフルを1週間服用させられることに。
CCUで隣のベッドに居た方の奥様がインフルエンザA型を発症してしまって、私は濃厚接触患者ということで服用を。
2月になって入院病棟でパンデミック??が起きた時にも、またまたタミフルを服用することに。
こんなに予防投与していて耐性菌ができないのかなあ・・・と心配になるほどに。。。

今日はこの辺で。



by mihi_liebe | 2019-06-22 22:15 | 健康 | Comments(0)

おめでたい🎵

右足の壊死部分が5ヶ月かかってやっと取れました‼️
やった~😄と喜びたいところですが、完全に治癒していないのでゲーベンクリームでの処置は続いています。
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by mihi_liebe | 2019-06-15 22:36 | 健康 | Comments(0)

個室へ

1月5日、一般病棟に移ったものの、要注意患者ということでCCUのすぐ隣の重症患者さんが入る部屋へ。
困ったことにこの部屋にはトイレが付いていなかった。と言っても、今までベッド上だから・・・さして困ることではなかったのですが。
一般病棟に移ったのだから、きっと車いすでトイレに連れていってくれるはず・・・と自分の身体状況も理解できていないまま看護師さんに「お手洗いに連れて行ってください。」とお願いして。
ヘルパー資格を持っていらっしゃる助手さん二人と看護師さん一人が私を車いすに乗せてトイレへ。
しかし・・・困ったことに私はトイレの便座にすら座ることもできず体がへなへな~とへたり込んでしまった。
便座に座れない私の体勢をなんとか持ち直そうとしている間に、助手さんの一人がウォシュレットの洗浄ボタンを誤って押してしまって。私の、パジャマのズボンがびちょびちょに。。。
結局、トイレに行った目的も果たせないままに撃沈して、病室に戻ることに。。。涙
その時に、看護師さんから言われた一言。
「来たばかりだからわからなかったけど、この人~全介助が必要なのね!!」と。
この言葉に、ごっついキズつけられてズボンだけではなく、私の心もびしょ濡れに。。。涙
 
ここに何日か滞在したのち・・・
私は、ある日の朝・・・急に「ここに重症患者さんが入るので、ハトコさんは今から部屋移動します。と言われます。
個室と4人部屋、どちらに移られますか??」と。
そんなこと即答できるわけもなく・・・「今からですか??」と答えるのが必至。
確か・・・個室は8640円。
あと何か月滞在すればいいかわからない長期戦になりそうなので、無料の4人部屋を選択することに。
しかし・・・この選択と行った部屋が最悪だった。
おしゃべりおばあちゃんの元へお見舞いに来た娘も、超おしゃべりで。。。
しかも
困ったことに、ガセネタばかりを連発する。。。
よくぞこんなに知識もないのに、自分が持っている知識のように母親に語れるものである・・・。
お友達のメス犬の話になって「犬にも膣カンジタというのがあって、それを放置していて子宮蓄膿症になって手術したんだってよ~!!」
「へ~犬にも膣カンジタなんてあるんだね。。。」と聞かされたお母さんはすっごい納得している様子。

とにかくそんなエセ話が延々と3時間も続き、私は精神の変調をきたしてしまった。もともと、精神の変調はきたしていたんだけど・・・もう耐えられないくらいに。。。
ナースコールを押して看護師さんへ個室への移動を頼むことに。
もう、個室料金が高くたって、入院給付金でなんとかなりそうだし(この時にめっちゃ計算したら、個室料金は賄えるはず)ここに居たら、頭が壊れてしまうだろう。。。
頭が壊れることに比べたら個室料金なんて安いもの。と決意。
主人には事後報告になってしまったけど「ハトコくんが、個室で快適に入院生活が送れるのなら、それでいいと思うよ。」と言ってくれて助かった。。。汗

高いだけあって、この個室は快適でした。カードの必要がない無料の冷蔵庫とテレビ付き。シャワーとトイレ付で。と言っても、どちらもその時には私には使えない無用の長物。。。
まず窓から見える景色も、私の心を癒してくれました。。。
となりのトトロに出てくるサツキとメイの家のような可愛いピンクの屋根の建物。
そして、その周りに広がる田園風景。
主人が来たときに「あの建物はなにかしら??」と聞いたら、JAのお米を貯蔵しておくサイロだと思うよ。」と。
退院してきて調べたら、お米の収穫量が多い地域に必ず建てられるもので『カントリーエレベーター』という名称であることを知りました。
私は、しばらくの間・・・夜になるとトトロがネコバスを連れてきて、私を家まで送って行ってくれるのでは・・・なんてことを考えたりしていました。

1月8日の朝早くに、久しぶりに主治医が顔を出してくださいました。
「あっ~先生、おはようございます!!」と久しぶりに自分の大きな声を聴くことに。
その朝急に声がでるようになって。。。
「なんか随分思いつめているようだけど・・・僕の患者さんで、ハトコさんと全く同じ症状の患者さんがいてね。
丁度、川越のゴルフ場で倒れて、こちらに運ばれてきたんだけど・・・確かにリハビリは長くかかったけど、退院して元気な姿でわざわざお礼に来てくれたのね。ハトコさんだけじゃなくて、心筋梗塞のリハビリは長い時間がかかるんですよ。だから・・・そんなに思いつめないで、とにかく歩けるようにリハビリを頑張っていこうね♪」と
子供を諭すようにお話ししてくださいました。
この時の主治医が一番優しくて・・・あとは「いつまでに歩けるようになる予定なの??」とか。
ペースメーカーの手術をした翌日、キズが痛んでリハビリをお休みしたら「痛い部分は理学療法士の方にフォローしてもらって、明日からきちんとリハビリするように!!」と怒られてばかりいました。。。。涙
年下の先生に怒られてばかり。。。汗

この日に私の声がてたことは、瞬く間にCCU、病棟中、理学療法士、言語聴覚士の方たちの元へ風のように伝わっていきました。
とにかく一番喜んでくださったのは、言語聴覚士の方。
そして、ずーっと私を抱きかかえるようにリハビリをしてくださっているryuさんでした。
CCUからも「ハトコさん~声が出るようになったんだって!!どんな声か聞きに来たよ~♪」と何人もきて下さいました。
「まだまだ、私の声じゃないんだけど。皆さんがはっきり聞き取りできるようには声が出せるようになりました。
みなさん~本当にありがとう!!

声が出せるようになってから、それと連動して私のえんげ&咀嚼する能力は向上していきました。
とろとろのまずいお茶しか飲めなかったのに、とろとろにしないで間違えて看護師さんが持ってきたほうじ茶をゴクリゴクリ。
言語聴覚士の先生にお話しすると「今、お茶を持ってくるから飲みこみを見せて。」と言われてゴクリゴクリ。
「やったよ~ハトコさん。誤嚥することなく飲めていますよ。」←先生、ここでほぼ涙目。
「そうか・・・それでは、明後日のお昼にお粥にチャレンジしてみましょう!
ということになりました。
今日はこの辺で。

by mihi_liebe | 2019-06-13 22:08 | 健康 | Comments(0)

CCUから一般病棟への巻

12月24日にCCUにもクリスマスソングが流れ、サンタクロースの恰好をしたスタッフが箱入りのディズニーのタオルハンカチを配ってくれました。いつもなら感激したであろう私ですが・・・この時はすでにうつ病に罹患して何にも感じなかった私。。。汗

このころ、コルヒチンと抗生剤の影響で起きていた下痢も止まり、一息・・・と思っていたのも束の間、経鼻経管栄養で入れていた濃厚流動食。ネ○レのアイソカルサポートBAG400Kcalが私の胃腸に合わずにまたまた下痢事件勃発!!この時には「全く油断も隙もあったもんじゃない!!」と怒っていた看護師さんが下痢を改善することができないのか、栄養課に電話をして一生懸命聞いてくださっていたのが聞こえてきました。
「BAGを湯煎して温めるとか・・・電子レンジで温めるとか・・・なんかいい方法がないかしら??
栄養の為に入れているのに下痢をしているのじゃ意味ないし・・・何より患者さんが可哀想で!!」

その答えが、とりあえずBAG一つを入れるのに3時間かけて入れてみるといいのでは・・・ということでした。
確かに、時間をかけて入れるようになってからは下痢も落ち着きましたが・・・何より私に苦痛を与えたのは、3時間かけてするBAGを1日3回。約9時間の間、ベッド上にほぼ起きていなければならないと・・・ということでした。
しかも、経管栄養が終わりすぐリハビリを始めると簡単に逆流し嘔吐をする・・・し。
ある程度、1日の間で上手に時間配分して入れてくれないとアクシデントはおきるし、21時の消灯には間に合わないし・・・と。看護師さんによっては、完璧に時間配分ができる方がいる一方で、何をしてもグズグズの方もいらして。
他者にすべての生活全般を任せなければならないことが、こんなに苦痛なことだとは思いませんでした!!

このころ、若い看護師さんにこんなことを言われました。
「ハトコさんはここにいるのが長いから私たちの1日の動きもすべて把握しているよね。私たちが忙しい時間帯は、何か困ることがあっても絶対に言わないで我慢しているでしょう!!ここは我慢するところじゃないんだよ~。
私たち看護師に甘えていい場所なんだよ~。」と。
私の気持ちを理解してくれている人がいるんだ・・・と思うと涙が出ました。。。
その看護師さんは、私が一般病棟に移ってからもよく足を運んできてくださいました。

主治医の心配をよそに、私は1月5日に一般病棟に移ります。
それでも、一般病棟の一番重症患者さんが入るCCUから出たすぐそばの一人部屋に移ることに。

新年開けて主人が来ると
「いつも買っている洋服の福袋買うことできたの??」と聞くと
「それがね。行くことは行ったんだけど・・・去年ハトコくんが一生懸命福袋を買う姿を思いだしたら、もう涙が出て悲しくて悲しくて・・・何にも見えなくなってしまってすぐ帰ってきた。。。」と。
私も、年末年始をこの場所で過ごしてしまってとても辛い思いをしているのだけど・・・主人にも辛い思いをさせてしまった・・・と思いました。
この話をRyuさんにすると「優しいご主人だね、でもその気持ち僕もわかるよ。
去年、母が大病をして手術をしたんだけど、その時は仕事をしていても悲しくて心配で自分の気持ちをどう持っていったらいいのかわからなかったから。勿論、病気の治療をしている本人が一番辛いのだけど、家族も辛い思いは一緒だからね。」と。
Ryuさんからはその後、実母と同居したいのだけどどう思う~??」と相談を受けたこともありました。
私が認知症の母と同居していたことをお話ししたから、そんな話が出たと思うんだけど。
私の母は認知症だったのでRyuさんのお母様と単純に比較することはできないんだけど・・・
奥様はなんておっしゃっているの??Ryuさんの長男としての気持ちもよく理解できるし。。。
やっぱり1日同じ家で暮らしてお世話をするのは奥さんだから、大変なのは奥さんだし、よくお二人で話あって、お母様にも良い結果がでるように。。。ね」とお話ししたのだけど、あれからどうなったのか気になる私。。。

一般病棟に移ってからも私の苦悩は続きます。。。


by mihi_liebe | 2019-05-22 21:39 | 健康 | Comments(0)

循環器内科受診

今日は退院後2回目の循環器内科の受診日。
主治医が2ヶ月以上かかり、やっと生命保険会社に提出する書類を書いて下さいました。
その書類を見てビックリ145.png
にゃにゃんと~3ヶ月半の入院期間中に私は5回の手術を受けていました。103.png
1回目は、『経皮的冠動脈ステント手術』これはカテーテルで血栓を除去しただけかと思っていました。
2回目は、『大動脈バルーンパンピング法』
3回目は『下肢の血管拡張術』
4回目は、『動脈塞栓除去術』
5回目は、『植込み型除細動器移植術』151.png151.png

私が認識出来ているのは4回。『右下肢の動脈塞栓除去法』の前日に右下肢の血管拡張術をしていたなんて。
確か、主人が塞栓除去法の前にカテーテルで血栓を除去しようとしたが、全く除去できずに先生たちが頭を抱えていた・・・というのは聞いていたんだけど。
これも手術に入るんだなんて。
12月17日と18日と連続でしていたなんて。。。
私の記憶も相当曖昧で・・・やっぱり、クリスマス前頃に頭がしっかりしてきたのかなあ・・・って感じ。
ほぼ、たらたらと寝ていたのかしら??

でも、主人と話した記憶も主治医と話した記憶も看護師さんと話した記憶もあるんだけど。。。

この診断書を見て「よく~生き残れた!!頑張った私!!」って思っちゃいました。。。
まあ~でも2回目はないでしょうが??ね??

今日は主治医に「あの時に命を助けて下さって本当にありがとうございました!!
今は、お料理をしていても何をしていても楽しくて♪第2の人生を歩んでいるようです。」とお伝えしました。
「治療の難しい患者さんの一人でしたよ。」と言われました。
飲水量が1日1000CCと厳しい飲水制限がかかっていたのですが、血液検査データの結果もよく、むしろ脱水状態になっているということで、利尿剤の種類も減り飲水制限も1,500CCに緩和されました。
食事をするより飲水がないと生きていけない私にとっては、嬉しい限り~♪
やったー~と心の中でガッツポーズをしました。
帰りに主人と、近くのショッピングパークにより、おぼんdeごはんという所でランチをしてきました。
何をしても楽しくて♪何を食べても美味しいです~♪
なんてことのない日常には満足出来なかった私ですが、死の淵に立ち日常の大切さを見に染みて感じることが出来ています。
そろそろ韓国語の勉強も最上級の6級を目指し勉強を開始していきたいところです。
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by mihi_liebe | 2019-05-15 21:11 | 健康 | Comments(0)
気管挿管がいよい抜菅されました。
私はお恥ずかしいことに知識がなくて・・・
抜菅すればすぐ会話もできて、水を飲むことも可能だと甘く考えていました。
でも実際は、そんなに甘くはなかったのです。

飲水テストでは、まず舌下に5CCをシリンジでたらしました。5CCの水は難なくクリアしましたが。。。
次は20CCの水。
たったの20CCの水にむせてしまい、飲水テストは終了。
結局、水分に関しては、とろみをつけての飲水許可となりました。
そのとろみをつけた緑茶・ほうじ茶がまずいことまずいこと。
片栗粉のような感じで、みんな口の周りにくっついてしまうんですよ。。。涙

食事に関しては、ゼリーから始まりましたが、その前に口腔内をきれいにするという処置や、痰の吸引があり・・・
そして口の運動を言語聴覚士の方をまねしながらしました。
ゼリーを食べるときも、必ず昼食の時間帯に来て飲みこみ状態を見てくださいました。
最初は一口のゼリーを食べるのも、とても勇気がいりました。
「脳というのは、飲みこんでいた・・・という記憶は記憶しているものなので、その記憶を呼び起こしなさい。」と言われました。
理学療法士の方にも、「歩いていたことを脳が記憶しているから。。。」と言われました。
何日かの訓練を経て、小さなブドウのゼリーを完食できるようになりました。
それでも、私の誤嚥への恐怖心は強くて・・・なかなか食べるという行為に関しては進んでいきませんでした。
しかも、朝はブドウゼリー・昼はピーチゼリー・夜はアップルゼリーと1日中来る日も来る日もゼリー地獄が続きました。しかもこのゼリーは、やたら甘くて、果汁も8パーセント入り位のもの。
お願いだから甘みを抑えて、果肉をいれてくれ~!!と思いました。
ゼリー地獄に耐えかねて、1週間後に「ヨーグルトはダメでしょうか??」と言語聴覚士の方にお聞きしました。
「ヨーグルトの方が粘度が低くて、口の周りに広がるので今のハトコさんには無理かもしれませんね~。」と言われました。 
が、先生は翌日のお昼にヨーグルトを持参して下さいました。
先生のおっしゃる通り、ヨーグルトは口中に広がってしまって、ますます飲みこみを悪くしました。

そのうち、私は誤嚥性の肺炎で38℃の熱を出すようになります。
主治医に『今の時期ではインフルエンザでは??』とお聞きしましたが、
『誤嚥性の肺炎です。』と言われました。
このころ、ちょうどとんでもない高齢者の女性がCCUに入院してきました。
声はアヒルのようなガッガとした声で、一晩中「体勢が悪いから変えてくれ~。」と何度看護師さんを呼ぶのかわかりません。
とにかく、昼間はがーがー寝ていてたたき起こしても起きずに、夕方から活動が活発になりました。
「おなかがすいて死にそうだ~ここは、おやつも出ないんだね~。○○の里はおやつが出たのにね~。」とか
「今日は、夕飯は出ないのかい??出ないんだったらお茶でおなか一杯にしてやる~。」とか言って騒ぎ出す始末。
看護師さんが「お食事の指示は主治医の先生が出すものだから、私たち看護師には決められないの。明日になったら先生に聞いてみようね~。飲水制限があるからお茶もそんなにたくさんは飲めないんだよ~。」と毎晩その繰り返し。
特に体勢変換がひどくて、「右に変えて左に変えて。」と1時間もしないうちに看護師さんを呼び出す始末。
私の息子だったらどんなに良かったかなあ~と思っていた看護師さんがいたんだけど、さすがにこの穏やかな看護師さんも『○○さん~もう勘弁してくださいよ。これ以上ご希望には添えません!!』と言い残してCCUを退室していかれました。

私は、この高齢女性の毎晩のこの繰り返しと、ゼリーも食べられずに声もだせない&体も動かせない!!
と何重にも重なった苦痛についに精神も崩壊してしまいました。
来る日も来る日も、私は「あの窓から飛び降りたらこの苦痛から解放されるだろう~!!どうやったら窓まで行き着くことができるのか。」そんなことだけを考えるようになっていました。
これがまさにICUシンドローム。ICU精神病(うつ病)でした。
それでも、まだ私は、看護師さんにそのことを伝えられないでいました。
このころ、1日おきに来てくれていた主人に
「パパ~私思うんだけど・・・3週間以上もここに居ていまだに動けない。食べられない。。。
おそらく前のように、元気に家事をすることは不可能だと思うの。
きっとなにかしらの障害が残ると思う。」と言うと。
「僕もここに2週間居るあたりから、そんなことを思っていたよ。
でも、家事ができなくたっていいよ~。元通りに動けなくたっていいよ。
とにかく家に帰ってきて、リビングに座っていてほしい。それだけで十分だから。。。」と言われました。

そうこうしているうちに、私の右下肢の膝から下に血流がいかなくなる・・・という動脈塞栓症という合併症が起きます。
今考えても、血管型ベーチェット病に起因したものなのか・・・はたまた心臓の血栓除去により生じたものなのか、大動脈バルーンパンピング装置によるものなのか・・・よく理解できていません。
主人はこの時にも主治医に呼び出されて、「すぐに手術したいのですが、体も衰弱しているし栄養状態もとても悪いので手術に耐えられるかどうかわからないので、少し様子を診させてください。」とおっしゃったそうです。
が12月18日の晩、突然私は手術室に運ばれます。
右下肢鼠蹊部からカテーテルをいれて、血栓を書きだすように上へ下へとかき出す手術が始まりました。
この時も、局所麻酔でしたが・・・ホルター心電図をいれる手術の時にやっと気づくのですが・・・私は麻酔が効きにくい体質のよう。
手術室の看護師さんがずーっと手を握って下さっていたのですが・・・とにかく痛くて痛くて、手術中ずーっと痛い~痛いと叫んでいました。私が「痛い~!!」を連呼するたびに、局所麻酔が追加されていったようです。
CCUに帰り輸血を2本したのを覚えていたので「相当の出血量だったんだなあ~。」というのは予測がつきました。
手術後も、痛みは消えることなく約1週間位鎮痛剤のお世話に。
痛い~痛い~というたびに、鎮痛剤も追加投与されて、私はついに胃潰瘍に。
主治医によく聞くとなんと私の大嫌いなロキソニンを投与していた~って言うじゃない。プンプン
もうここにいるとロク なことが起きない!!
クリスマスが終わるころ、私は夜勤の看護師さんに「私が神経質だからこんなことを考えるのかもしれないのだけど・・・ここにいると発狂しそう!!1日もはやくここから出してほしいの。」と伝えました。
声は少しずつ出るようになっていたものの、ガラガラ声の小さな声でしたが、看護師さんはこの言葉をきちんと読み取って下さいました。
「ハトコさんが神経質だからじゃないんですよ。ICUシンドロームって言ってね。。。ここに居るとすたすた歩いて入院してきた高齢者の方も、3日居ると一歩も歩けなくなくなって夜間せん妄もでるようになってしまうのよ。私もここにこれ以上ずーっといるのは良くないと思うから・・・主治医の先生に相談して、何とか一日でも早くだしてもらうようにしよう~。」と。
このころ、丁度、理学療法士の方にも「ここにずーっと居ることは良くないと思う。一日もはやく一般病棟に移ることを考えよう~!!」と言われていました。
ryuさんという方でしたが、この方は私が熟睡??状態にあるときから私のリハビリをしていた方です。
この時点では、何とか抱きかかえるようにして車いすに座らせてもらっていましたが・・・何から何までお世話になった方です。
私は、熟睡状態にあるときからリハビリを受けていたなんてしらなくて・・・
あるとき、ryuさんが最初の頃は寒い~寒い~。って言っていたのに、今はなんでそんなに暑いの~??」と聞かれるので
「先生なんで私の熟睡状態の時のこと覚えていらっしゃるの??」とお聞きすると
「今は寝ている時からでも、リハビリは始まっているのよ。」と言われて愕然としました。
こんなやりとりは心電図の検査技師の方との間でもありました。
「ハトコさん~会うたびに元気になっていて。私も嬉しいわ~♪」とあるとき言われました。
「私をご存じですか??」とお聞きすると
「CCUで意識のないときに、何回も心電図をとりに病室に伺っていますよ。」と言われました。

自分には記憶はなくても相手は私を知っていることもあるのです。不用意な発言は避けなくては・・・と思いました(笑)

またこのころ、いつまで経っても栄養状態が悪くゼリーの飲みこみが悪い私に、言語聴覚士の先生が何かなやんでいらっしゃる様子が伝わってきました。
CCUに居る時には、精神的にも変になっていてお聞きする勇気がなかったのですが・・・
2,019年1月5日に一般病棟の個室に移ってから、勇気を出してお聞きしてみました。
「先生~一時随分私の事で思い悩んでいらっしゃった時がありましたよね~。あの時は何を考えていらっしゃったんですか??」
「よくわかりましたね~。実は、栄養状態が非常に悪かったので、胃ろうにした方がいいのか・・・その判断をとても悩んでいました。胃ろうという選択。そして若いハトコさんに胃ろうの話をいつ切り出したらいいのか??
随分悩んでいた時がありました。」とおっしゃいました。
「そうだったんですね。。。」
先生が何をそんなに悩んでいたのかわかることができて良かったなあ~と思いました。

今日はここまでにします。


by mihi_liebe | 2019-05-11 22:47 | 健康 | Comments(0)

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